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渋谷代々木上原のパーソナルトレーニング・ピラティス

代表パーソナルトレーナー柴田の紹介

パーソナルトレーニング・ピラティススタジオè-Style代表紹介

  • 代表トレーナー
    柴田 隆太
    (現パーソナルトレーニング &ピラティススタジオ
    è-Style代表)
  • 生年月日
    1982年2月15日生
  • スポーツ歴
    ラグビー26年
  • 指導歴
    東京大学ラグビー部、慶應義塾體育會蹴球部(ラグビー部)選手個人指導
    ボディメイク指導歴10年
  • 出身地
    福岡県

 

パーソナルトレーナーのお仕事を選んだわけ

かなり長くなっていますが、読んでいただけると幸いです。

私は元々キツイことは嫌い、でも友人たちと公園で遊んだり、サッカーをしたりすること、楽しく運動をすることは好き!そんな幼少時代を過ごしていました。

マラソンや水泳なんかは大っ嫌いで、習い事で硬筆や書道、水泳をやっていましたが、水泳はすぐに辞めたこともあります。(未だにカナヅチで泳げません・・・中学の部活は3ヶ月で辞めています・・・)

 

もともとは、両親が割烹料理店を営んでいたことで、0歳から保育園、小学生から習い事を始めました。父は職人で頑固で無口、母は家事や料亭の経営にとても大変で、忙しい毎日を過ごしていた記憶があります。

小学4年生の時、母の勧めでラグビーを始めたんですが、これもすぐに嫌になり、1年間は仮病を使うなどしてサボっていました。

水泳などをすぐに辞めたこともあり、母はおそらく何か「一つのことを続けてほしい」と願っていたので、絶対に辞めさせてくれませんでしたね。

その甲斐もあって、もう27年ほどラグビーを続けていて、大好きなスポーツです。

 

中学卒業と同じ時期に、両親はお店を閉店、離婚。お店が閉まるまで、中学生ながら、母はかなりストレスを感じている毎日を過ごしていた姿をしていました。

 

私が記憶があるのは、経営のことは常に気にしていたのを覚えています。

そして、体力のことや体型のこと、お腹周りをいつも気にしていたし、頻繁に便秘や風邪を引いたりもしていました。

 

そのストレスが直接的な原因ではないと思いますが、がんを患い、離婚して5年後の49歳で他界しました。

 

私がラグビーをずっと続けてきて、海外に行ったこと、礼節、仲間との繋がり、ほとんどがラグビーを通じてたくさんのことを学びました。辞めたいと思っていた時も、絶対辞めさせてくれなかった母に、今でも感謝してもしきれません。

 

大学を卒業し一般企業に就職

福岡県の大学の経済学部を卒業後、国内最大の飲料メーカーに就職しました。

その会社では、朝6時から勤務開始して、深夜0時回って帰宅するのは当たり前の生活を送っていました。

 

自動販売機の新規設置の準備や、その土地や地域に飲料の企画、補充など1年目からほぼ休みなく働きました。

上司もとても尊敬でき、色々と相談に乗ってもらったこともあります。

 

ラグビーから離れていた生活をしていましたが、当時、友人がニュージーランドにラグビー留学していて、いつもその友人から電話が掛かってきては、ラグビー生活の話を聞いていました。

海外でラグビーをすると、日本でもプロラグビー選手になれるんじゃないか思うようになって、相談に乗ってもらっていた上司にも、背中を押してもらい、半年後に退職を決意。

 

プロのラグビー選手を目指しニュージーランドへ

退職後、半年間しっかりトレーニングに励みニュージーランドへ渡りました。

もともと、誰よりも身体が小さかったので、プロのラグビー選手はもとより、「海外でラグビーなんて」って周りからは「無理」だって思われていたかもしれません。

しかし、ニュージーランドでは運よく身体が小さくても実力を認めてもらい、レギュラーとして活躍させてもらいました。

 

帰国後は、日本でラグビーチームを探しながら、働いていたスポーツクラブに勤務するようになったんです。

スタッフとして、トレーニングマシンの指導を中心に、運動が苦手な人、特に女性のお客様を中心にトレーニングサポートを行っていました。

この時に、ピラティスを知り週1〜週3、多い時は1日2回はピラティスのレッスンに参加し、自身のトレーニングにも励んでいましたね。お腹まわり、体幹にとてもよく効きトレーニングの質がさらに上がりました。

そして翌年に、もう一度ニュージーランドに渡り、3ヶ月間生活を送りました。

 

入団テストで怪我、そしてパーソナルトレーナーになろうと思った

計7ヶ月間の留学終え、帰国後は、同じスポーツクラブで働きました。

その間に、ニュージーランドで知り合った方々の縁で、日本NO1のラグビーチームなどの入団テストに参加することができましたが、そのテスト中の怪我によりプロ選手を断念しました。

 

その後、保険会社で働きながら、趣味でラグビーを行い、平日は元々働いていたフットネスクラブに通ってトレーニングやピラティス、毎週末は練習や試合に明け暮れていました。

中学生から腰痛があり、腰痛緩和に効果あったピラティスをスポーツクラブで勤務していた時に開始しました。同時にラグビーの能力向上・パフォーマンスが上がったことを実感していた事もあり、週1回以上、時には週3回も通いました。

 

そんな時、スポーツクラブのスタッフ時代のお客様や仲間の女性からトレーニングやダイエットに関しての相談を受けるようになったんです。

ピラティスを始めて数年たったころ、将来ピラティスを教えてパーソナルトレーナーになりたいって考えるようになっていきました。

スタッフとして働いていた時、不安な表情でマシンを使っているお客様に、数カ月つきっきりで指導をして、身体へ効果も表れてくると同時に、自然と表情も明るくなっていくこと、笑顔になることに、とてもやりがいを感じていたことも思い出しました。

 

過去にラグビーの主将やコーチも経験していた事、なくなった母と同じ年代の方から相談が多くあって、母の姿と重なったんことで健康に対しても思うことがあり、「スポーツを通して、ストレスのない社会にしたい」「健康について世の中に貢献できる」「ピラティスやトレーニングを指導したい」という思いから、パーソナルトレーナーになろうと決心しました。

 

「人の身体、正しい姿勢、動きを学んだこと」でパーフォーマンスが上がる理由がわかった

ピラティスを8年(現在13年)経験し、トレーニングを行う人の本来の姿勢がそもそも悪い、骨格がゆがんだままだと、いくらフォームを意識しても正しいフォーム(姿勢)が取れないと感じ、姿勢改善に有効なピラティスを学びました。

 

ピラティスを実践してきて、ピラティスを指導したいと単純に考えていましたが、もともとグループなどの集団指導が苦手だったので、パーソナトレーナーとしてピラティスを生かせないかと考え、資格を取得しました。

1から身体の仕組みを学び、自分自身で筋トレやピラティスを実践したことを、実際にお客様に指導した結果、指導した直後にから「身体が軽い!」とか、「姿勢がよくなった」「腰痛が軽くなった」と言った声をいただけるようになりました。

身体のこと、トレーニングの基本を学んだことで、パーソナルトレーニングって、ただ筋肉を鍛えるだけの方法じゃなくて、お客様の悩みは解決できるのかってめちゃくちゃ驚きました。

 

上京し、パーソナルトレーナーとして活動

上京する頃、糖質制限ダイエットが流行りはじめた頃でした。

「一時的なダイエットの為に始める運動ではなく、ストレスのない将来の健康、いつまでも元気でいられる為であったり、一人ひとり抱える問題を解決したい!」

「フィットネスクラブスタッフとして、指導を経験していく中で、マニュアル通りの指導、一時事的な指導だけでは、お客さまの悩みや、運動の習慣までは変えることはできないからどうにかしたい」

そういう思いを秘め、2013年に7月より上京し、パーソナルトレーナーとして活動を開始しました。

 

東京で活動したいと思った理由は、福岡よりも人口が多く、よりお客様に寄り添えると思ったこと。そして、最新のフットネスの情報が得られ、たくさんの勉強会が開かれていて、勉強できる環境に身を置きたかったからです。

しかし、無一文で上京し、友人の自宅に居候しながら生活を開始しました。最初は、都内のリビエラスポーツクラブで働きながら、神奈川県に店舗があるフィットネスクラブで、契約を結びパーソナルトレーナーとして活動しました。

店舗お客様に恵まれて、初月から指導実績、売上共にNO1になれたことが嬉しかったですね。

 

その後、拠点を渋谷区広尾、現在の代々木上原へと移しました。

 

お客さまに自らの経験をお伝えし、身体の問題や生活環境の問題を解決し、ストレスレスで笑顔のある人を増やしたい。

お客さま一人ひとりに寄り添ったスタジオを運営していきたいと思い、2018年2月にピラティス&パーソナルトレーニングスタジオè-Styleをオープンしました。

 

そして現在

遠くシンガポールやアメリカからも通っていただく方や、神奈川県から1時間かけてきてくれるお客様もいるほどになりました。

実際にトレーニングを受けてくださる方からは、

  • 「3ヶ月で、ウエストがマイナス5センチ達成しました!」
  • 「娘からお尻が上がってヒップアップしてるよって言われたんです!」
  • 「趣味で乗馬やスイミングを始める自身がありませんでしたが、始めることができました!」
  • 「数字の変化よりも、実際に洋服が楽に着れるようになって本当に嬉しかったです。」
  • 「スタイルの変化で、周囲から「お尻がキレイ」「スタイルが良い」と言われることが増えました。」

など、たくさん喜びの声をいただくようにもなりました。

数字の変化より、こういった声は本当に自分のことのように嬉しいです!!

 

私が提供するサービスで、これを約束します。

今は、多くのパーソナルトレーナーが存在し、ダイエットジムもたくさんあります。

「今まで色々なダイエットを試したり、ヨガやピラティスも行ってきた。それでも体型が数ヶ月したら元に戻った。」
「今からトレーニングしても変わらないかも・・・」
「短期のダイエットジムに行ってもまた戻りそう・・・」

そんな悩み、間違った情報を持っている、時間に余裕がない女性に対して「正しいピラティスやトレーニングの指導」を行い、「パンやご飯などもしっかりと食べ、栄養を考えた食事法」をお伝えし、一生ダイエットなんて考えない習慣作り、一生くびれのあるボディライン作りをサポートします。

 

私の喜びや夢

私は、一人でも多くの方に、健康的に運動や食事を楽しく行ってもらたいんです。

 

「運動が嫌い」、「トレーニングはきついもの」っていうことは誰よりも知っています。

  • トレーニングや食事制限がきついから嫌い
  • 強制的に行うもの

このようなことが一人歩きしています。

 

本来は、「楽をしたい」「きついから嫌い」という感情は、楽しくないものではなく、楽しさを知らないから、そう思うだけなんです。学校では教えてもらわないですから。

 

トレーニングがきつい、運動が嫌いと思ってストレスを感じたり、悩んでいる人に、きつい楽しくないを通り越した、トレーニングや食事を楽しんでもらって、「体力がついて、昔から始めたかったこと始めたんです。」「引き締まって、好きな洋服が着れるるようになったよ!」って喜んでもらうことが、私の一番の喜びです。

 

体重を減らすためのダイエットで運動を始めるのではなくて、運動を通して笑顔や健康になることで、ダイエットなんて考えない、運動を習慣にする人をもっと増やすことが私の仕事です。

そして、習慣にする事もそうですが、もっと大きな運動ができる施設、特にトレーニングや治療院、カフェなどが併設されているラグビー場、クラブハウスを作る事が人生の最大の夢です。

ラグビーを始め、運動や食事を楽しめる、そんな場所を作りたいと思っています。

 

トレーナー柴田のプチ情報

◆1982年2月15に生まれ。ラグビーをやっていて体格はいいですが、身長はかなり低めです。女性とほぼ変わらない身長ですので、圧を感じることはないです!!

◆福岡県出身で、ニュージーランド(クライストチャーチ)に7ヶ月住んでいました。7ヶ月の間ほぼ毎日スターバックスコーヒーに通っていました。(custommer of the week として、店舗からコーヒーチケットを贈呈されました。笑)

◆31歳の時に東京にきました。

◆昔、実家で犬を飼っていた事もあり、小型犬が好きです。Instagramでフォローしている犬を見ることに癒されています。

◆性格→真面目だとよく言われます。好きなことは諦めが悪い。少し面倒くさがり。

◆好きなモノ→自分が良いと思ったものを推薦する事、ラグビー、おしゃれすること、コーヒー、小説を読むとハマる

◆嫌いなモノ→小馬鹿にする人、納豆など匂いがキツイもの、ストレス

◆好きな言葉→「行動すれば次の現実」

◆趣味:ラグビー、カフェ巡り、ファッション、革靴

私の思いはただ一つ

あなたの健康や身体のこと考え、
本来持っている魅力をトレーニングを通して引き出し、
その楽しさを習慣する、ダイエットなんて考えない、
一生続くものにすること

トレーニングやピラティスのこと、お身体のことならまずはお問い合わせください。

メールでもいいですし

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